公開型SNSと証拠能力

15歳の娘の拒食症の保険申請を却下するために保険会社がfacebookの書き込みを証拠としようとしている話、なんていうのを読んだ。肉体的な病気はこの保険の対象だけど、精神的なものは対象外で、その証拠としてウェブでの書き込みを探してきたとか。アメリカの保険調査員は(顧客にとっては嫌な意味で)優秀だなあ、と思いつつ、ネット上のどんな活動が後々の証拠として持ち出されるかわからない時代になってきたのだなあ、と思いました。

元気がなかった、とか異常な書き込みがあった、ということが自分の不利になるだけではなく、元気で活動していた、というのが自分にとって不利な証拠になる可能性もあるわけで、何が自分の不利になるかは、事件が起こってみないとわからない。でも、それを心配してネットの活動を変えるというのも、問題が起こりうる可能性を考えると杞憂に近いわけですし。

記事中の”internet is not like a diary”(インターネットは日記ではない)は、日本でいう「チラシの裏にでも書いておけ」に対応するのかもしれません。僕は紹介さえあればどこまでも広まっていく今のネットやブログを利用してきた方だし、今までのところはそれを快適に思っていますが、枠の外に一歩踏み出すとその先はいきなり全世界に通じている、というところに、何か仕組みで段階を増やすようなことはできるんでしょうかねえ。Mixi発の炎上のように、枠の中に居ても人力で書き込みが枠を越えてしまうこともあるわけだし。

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